常に遅れている世界 ― ナ・ホンジン論
雨の直後の空気には、奇妙な重みがある。水をたっぷりと含んだ土はまだ完全には沈みきらず、一歩踏み出すたびに地面はほとんど気づかれないほど微かに揺れる。ナ・ホンジンの映画は、まさにこのような不安定な地盤の上から始まる。
映画・ドラマ・映像芸術を主題とする批評。スクリーンに映し出されるものを、美学・歴史・文化の交差点から読み解く。
雨の直後の空気には、奇妙な重みがある。水をたっぷりと含んだ土はまだ完全には沈みきらず、一歩踏み出すたびに地面はほとんど気づかれないほど微かに揺れる。ナ・ホンジンの映画は、まさにこのような不安定な地盤の上から始まる。
夕暮れには、たった今通り過ぎた雨の匂いがまだ残っている。狭い路地の空気にそれは宙吊りのように留まり、そのなかでカメラはゆっくりと下降を始める。半地下の窓の向こうに見えてくるのは、通行人たちの足首だ。
雨のあと、窓はいつも世界を二重にする。外の風景は、薄くもう一度ガラスの表面に敷き直され、その上に室内のかすかな反射が重なっていく。現実は幾層にもずれ、滑り込む。『お嬢さん』のある瞬間を思い出してほしい。そこでは窓ガラスは単なる背景ではなく、欲望と欺瞞が反射し、増殖していく装置として存在している。カメラはそれをただ見つめるのではない。